2021/01/29

全国職能団体が複数建つことの功罪


前段

 前回の記事では、公認心理師の職能団体を称する全国組織である「日本公認心理師協会」と「公認心理師の会」の違いについて検討しました。

 そもそも、公認心理師という一つの資格について、なぜ全国規模の職能団体が複数あるのか?そのメリットとデメリットは何か?
 今回は、こうした全国職能団体が複数建っていることについて考えます。

メリット

 正直な所、あまりメリットは思いつきません。でもデメリットだけ挙げるのもなぁ…と思ったので、メリットについても考えてみます。

社会的メリット:全体としての活動が活発になる

 別団体がそれぞれに活動を行う訳なので、「公認心理師の団体」全体で見れば活動が増えて活発になることが期待できます。団体ごとに目的や活動内容が異なるのは、前回の二団体の比較でも触れました。それぞれの団体が独自の活動を展開すれば、公認心理師全体の活動の幅も広がる可能性はあります。
 実際には活動を行うためには人員や資金が必要になるので、各団体で十分にそれらを調達できることが前提となります。

公認心理師へのメリット1:選択肢が増える

 1つの団体だけだと所属する/しないの2つの選択肢しかないですが、複数あればそれぞれについて所属する/しないの選択ができるわけで、2団体なら4通り、3団体なら8通り、と選択できるパターンが増えます。
 選択肢がいくつあろうが、目的や活動内容に賛同できれば参加すればいいし、賛同できないなら参加しなければいいだけの話ですが、どの団体も賛同するに値しないと思った時に、すでに複数団体が建っているわけなので、新たに新しい団体を立ち上げるという選択肢も取りやすくなるかもしれません。

公認心理師へのメリット2:役員ポストが増える

 メリットと言えるか分かりませんが、こうした団体の「理事」(特に「理事長」とか「会長」)の肩書を欲しがる人は居ます。団体が複数あればそれだけそうした名の付く肩書も増えるので、それをメリットと感じる人もいるかもしれません。
 何でそんな肩書を欲しがるのか。単なる名誉欲のこともありますし、こうした肩書でハッタリが利く場面というのもあるので実利もないわけではないです。

団体としてのメリット:意見が対立せずに済む

 組織が大きくなれば、内部での意見の違いも当然出てきます。どの事業を優先して進めるか、予算を割くか。派閥ができれば周囲を巻き込み組織内の対立は大きくなります。
 目的や活動によってそれぞれ別団体としてしまえば、こうした内部対立は緩和されます。対立が起こらない訳ではないですが、対立したらまた別団体として分離独立したらよいという考えもできます。気の合う者同士で集まり、異なる意見を排除することで、組織としての意思決定をスムーズに行えるようになります。

デメリット

 前置きが長くなりましたが、この記事の本題はこっちです。なのでメリットの項目よりは長くなります。

社会的デメリット1:外から見て分かりづらい

 公認心理師登録者からみても現在の職能団体の違いについては分かりにくいです。当事者ですら分からないのですから、外部から見て分かるわけがありません。
 公認心理師が働く多くの現場では、多職種連携の視点が必要とされています。各々の現場レベルではなくて、社会体には専門職団体同士の連携や協働という話も出てくることでしょう。そうした時に、公認心理師を名乗る似たような団体がいくつもあったら困りますよね。それぞれの特徴を分かりやすく表明していれば別でしょうけど、一見して違いが分からなければ当然戸惑います。
 心理業界の内部になら、なんで複数あるのか、それぞれの関係性等を察せる人もいるでしょう。ただ、外部からはそんなの全然分からない。公認心理師団体とは連携しづらいな、と思われてしまいます。

社会的デメリット2:政策決定過程に参加できない

 ようやく国家資格ができ、政策上の活用も期待できるようになったところですが、公認心理師の意見を一つにまとめる機関がないと、国の審議会などの政策決定過程に参加できなくなるおそれがあります。
 審議会等に職能団体が出席する場合、何が求められるか。「公認心理師」の実態はどうかということです。それは“公認心理師がどこにどのくらいいて、どんなことをしているのか”ということや、現場レベルで”どんな問題や課題を抱えているのか”ということです。そうした情報を取りまとめているであろうから審議会等に呼ばれるわけです。
 審議会等の目的によって、学術団体や養成機関団体など、目的に適う情報や意見を集約しているでだろう団体を呼ぶわけです。職能団体を呼ぶ際も、上記のような情報や意見の提出が求められるということです。
 求められるのは、出席者の個人的な認識や考えではなく、集約された情報や意見です。なので、職能団体レベルでいくつもあるというのは、「公認心理師」としての情報や意見が集約されないので困るわけです。
 見出しには参加できないと書きましたが、おそらく出席はできます。特に公認心理師の制度に関する事項であれば、「公認心理師」側の意見を抜きに審議したという形にはできないでしょう。ただし、そこで出席団体がそれぞれ異なる意見を述べたとすれば、”「公認心理師」として意見はまとまってない”としか受け止められないでしょう。公認心理師抜きに審議はできないから出席はできるが、意見を反映させるという意味での参加はできないと考えます。

社会的デメリット3:職業倫理規範を示せない

 専門職を専門職たらしめる要素の一つに職業倫理があります。国家資格にはその根拠となる法律(資格法)が必ずありますが、法律レベルでアレをしなさいコレはダメですとはあまり多くは規程しません。法律で定めるのは最低限の基準という事になります。なのでそれよりも詳細な職業倫理というのは専門職が自ら定めて自律することを求められます。多くの資格職でも、職能団体(専門家集団)で職業倫理を定めています。
 職能団体が複数あるということは、各団体が独自に倫理規範を作成するということもあり得るわけです。公認心理師という一つの資格職に複数の異なる職業倫理規範が存在するというのは非常にややこしいです。ある団体所属公認心理師では倫理違反になる行為でも、別の団体所属公認心理師が行った場合は倫理違反といえない…なんてことも危惧します。
 また、職業倫理については養成カリキュラムにも関わってきます。大学における必要な科目では「公認心理師の職責」があり(公認心理師法施行規則第1条)、演習や実習の内容項目にも「公認心理師としての職業倫理及び法的義務への理解」が含まれています
公認心理師法第7条第1号及び第2号に規定する公認心理師となるために必要な科目の確認について;29文科初第879号 障発0915第8号 平成29年9月15日)。
 職業倫理については、公認心理師全体で共有しておく必要があります。そのためには職能団体を中心に、他の公認心理師関連団体と協力して作成していくことになるでしょう。職能団体が複数ある現状は、こうした取り組みを阻害する方向に働くと思います。

公認心理師へのデメリット:会費負担

 各団体の違いが分かりづらく混乱するのは【社界的デメリット1】でも述べたように、公認心理師登録者でも混乱しています。各団体の特徴を把握したとして、賛同できる団体が復数あるからそれぞれに所属しようとすると、各々会費がかかってきます。
 「自分の意思で入会するのだから文句を言うな」という声も挙がりそうですが、一つの団体になって内部の分科会的に活動してくれたら、会費もかからないのにと思ってしまいます。

団体としてのデメリット:組織率の低下を招く

 職能団体は組織率が大切と言われます。つまり、公認心理師全体のうち何割が所属しているか。これは社会的デメリットにもつながりますが、公認心理師の職能団体として何らかの声明を社会に発した時に、果たしてそれが「公認心理師」の代表的意見と言えるのかどうかということです。
 組織率60%の団体の意見であれば、公認心理師の過半数はそう言っている、と主張できますが、組織率20%の団体の意見だと、公認心理師の2割の意見としか見られません。
 職能団体が複数あることによって、混乱する公認心理師登録者もおり、その結果入会を躊躇うということもあるでしょう。一つにまとまっていれば会員に取り込めた層を逃しているという可能性があります。また、会費負担の問題もあるので複数の団体に入会する人も限られてくると予想できます。
 別の視点で、職能団体の活動が何によって賄われているかというと、その多くは会員からの会費収入になります。組織率が低い(≒会員数が少ない)ということは活動資源が少ないということになるので、活発な活動を行いにくくなります。

デメリットを解消するために

 職能団体が複数建つことは、それぞれ異なる目的を持つ中小団体が独自に小回りの利く活動を行うことで、「公認心理師」の活動を活性化させる可能性はあります。しかし、大きく一つにまとまらないことで、社会に対する発信力・政治力を欠き、大きな活動を行いにくくするというデメリットもあります。
 こうした問題を解消するためにどうしたらよいのかいくつか案を提示します。

案1:一つに統合する

 デメリットの多くを解消する最もシンプルな方法だと考えます。失われるメリットもありますが、独自活動については分科会のような内部組織を作りある程度の裁量を委ねる形で緩和できるかもしれません。内部での意見対立・派閥化の問題もありますが、対外的に公認心理師が分裂を示す形をとるよりはまだマシだと思います。

案2:団体間で協議し、明確に機能分離する

 デメリットで示した多くは、違いが分からないことに起因します。それぞれの団体の目的は何か、どんな活動を行うのか、団体間で同じことをやっても無駄が多く混乱も招きますので、しっかり協議を行い役割分担を明確にします。
 国の審議会等への出席や提言する際には、情報収集や意見集約を協働し、どの団体が代表して出席するかを決めます。
 社会に対して、「公認心理師」団体への窓口を、内容ごとにどの団体が担うのか明示します。
 この案では社会的デメリットの多くは解消されます。ただ、会費問題は残りますし、社会活動を担う団体には組織率の問題も残ります。そもそも、社会活動のみを担当する団体が単独で建つ意義が薄くなります。

案3:職能団体を統合する連合組織を設立する

 「公認心理師」の全体像の情報や意見集約を行うために、また公認心理師職能団体への総合窓口を設置する、複数の職能団体から構成する連合組織を作ります。
 職能団体だけでなく、養成施設団体なども巻き込んでもよいかも知れません。
 職能団体から構成する連合組織なので、各団体を会員とし個人会員制は採りません。個々人の意見は所属する団体を通じて連合組織で集約されます。どこかの団体に所属している公認心理師の意見は集約可能なので、多くの公認心理師の意見を集約できると期待します。


 以上、3つの案を出しました。いずれにしても団体間での協議は必須となります。現状のままでは、今後の公認心理師制度の発展を考えたときにデメリットの部分が大すぎます。
 ようやく世に生まれた国家資格「公認心理師」を発展させていくには、公認心理師同士で協力し合うということが土台に必要だと考えています。

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